RECRUITMENT 2020
RECRUITMENT 2020

技術の進歩が新しい感動体験を創出する。
次世代を担うプロジェクターは、リビングで、街で、
目にする景色を一変させる。

家庭での映像鑑賞、ビジネスシーンでのプレゼンテーションといったビジュアルコミュニケーションの場で、欠かせないツールとなったプロジェクター。今は、サイネージ広告やプロジェクションマッピング、音楽ライブなどの空間演出やアート表現にまで広がりをみせている。投写する対象が大きくなり、映しだす環境もさまざまとなり、プロジェクターに求められる性能も高度になってきている。この変化のキーは“光源”の進歩だ。2016年頃から、従来のランプ光源から、LEDやレーザーといった固体光源を使ったプロジェクターが、本格的に普及しはじめた。競合も多いなか、エプソンはどのような道を選んだのか。ともに開発を手掛けたEとOに話を聞いた。
より明るく、より長寿命なプロジェクターを。
プロジェクターの光源には放電ランプが使われてきた。しかし、寿命が短く、実現できる明るさの割に発熱量や消費電力が高いことがデメリットだ。そこで、次世代の光源として注目されたのがLEDやレーザーといった“固体光源”だ。当初は、固体光源をプロジェクターに搭載するのは、価格やサイズの面で不可能だと考えられていた。その難しさをOはこう説明する。「放電ランプは20~30部品で構成されていますが、レーザーは光源だけで部品数が200以上あります。各部品の設計だけでなく、部品同士の干渉などの相互作用も考えなければならいので、非常に難しいのです」。
しかし実現できれば、より寿命を長くでき、明るさも増し、消費電力も抑えられるなど、メリットの多い製品を作ることができる。実際に、放電ランプでは数千時間が限界だった寿命は、レーザー光源で2万時間と飛躍的に伸びている。「放電ランプは消してすぐにつけるのが難しいんです。いわゆる待機時間ですね。レーザーだとそれが不要になります」(E)という具合に、使い勝手にも貢献できる。
真っ暗な無限の荒野を手探りで進んでいく。
2010年に他社から世界初を称するレーザーとLEDを光源に用いたプロジェクターがリリースされる。Eが当時を振り返る。「リバースエンジニアリングと言われる手法を用いて、わからないところを明らかにし、いろいろな部品・材料メーカーにお願いして必要な部品を集めて、まずは組み立てて評価してみようということになりました」。手探りの状態からのスタートだったが、それはいざ評価する段階になっても同じだ。「評価方法だけでなく、何を評価したらいいのかもわからないので、そこから考えないといけませんでした。無限の荒野が広がっている感じですね」とOは表現する。
ただ、Oはランプメーカーに在籍した経験があり、ランプとプロジェクターの関係は熟知している。そこを手掛かりに、まずは考えていったという。EとOはともに、蛍光体ホイールという部品にどうやって銀膜をのせるかに取り組んでいた。チームの4人でアイディアを出しては試作して検証するというサイクルを繰り返す日々が続く。材料メーカーにも出向いて知恵を貸してもらった。運にも恵まれた。「これはいける」という手ごたえをつかめれば、皆の見方も変わって一気に風向きが変わる場面も目の当たりにした。そうして、とりあえずかたちになるところまでこぎつけたときには、1年が経っていた。
わからないことを面白がれるのがエンジニア。
次は、生産技術部門と協働で、精度や安定性を高めていく作業が待つ。生産技術にとっても経験のない仕事だ。「川上である開発から、設計や生産技術にどう伝えていくかがポイントでした。自分たちがわかっていないことを伝えても『これじゃ作れないよ』となってしまいます。ここまではわかっているけど、ここからはわからない。だから一緒に作って決めていきましょう、とすり合わせの毎日でした」(E)。前述の先発メーカーのレーザープロジェクターの発売から、すでに数年が経過していた。後発としては一刻も早く完成させたいところだ。それでも、Eは無理だと思ったこともなければ、特段焦ることもなかったという。根拠はないが、きっと正解はあるはずだ-、そんな確信めいた自信がどこかにあった。
「わからないことをやるのが開発であり、エンジニアです。できていないことをひとつずつ確実に潰していく。『これは失敗だったな。明日は何をしよう。次はこういうことを仕込んでみようか』という感じですね。やってみてダメなら元に戻るだけです」(E)。結局、開発には2年を要することになった。Oはその後、生産技術へ異動した。量産に向けて奔走しながら、国内の業界団体で、ユーザーの安全を担保するレーザーのガイドライン作成にも関わった。2015年にエプソン初のレーザープロジェクター「EH-LS10000」が出た後も、マイナーチェンジにともなう生産のサポートをずっとしてきている。ここまで長く関わることになるとは、予想していなかったという。
プロジェクトを進めるキーは“人と人”。
わからないことが山積みの難しいプロジェクトだったが、キーになったのは“人”だった。他部門の協力が不可欠な局面でも、相手も抱えている仕事で手一杯なので、二つ返事で快く引き受けてくれるとは限らない。「他部門にお願いする、一緒にやるという時に、どれだけこれをやりたいかという“ビジョンと熱意”を相手に理解してもらうことが重要です。われわれの知らない提案をしてほしいという期待もあるので、それを引き出せるような環境や情報も提示しなければなりません。エンジニアとしてもプロジェクト推進者としても大事な部分です」(E)。
課長になった今も、それは意識しているという。レーザー光源のおかげで社内で名前が売れたというOも「仕事を進めるには、他部門にも積極的にコミュニケーションをとっていかないといけないですね」と言う。エンジニアとしての本来業務とは異なるが、労働組合の支部長を経験したことで、社内に知り合いが大勢できた。仕事で協力を仰ぐ時、その時に築いた信頼関係が実は一番効いているのかもしれないと振り返る。「ひとりでコツコツというよりは、違う能力を持った人と関わりながら、チームでぐいぐい進めていくのが好きですね」というOは、今も何かあればすぐさま他部門に足を運ぶ。
後発だからこそ「そうきたか!」とうならせるモノを。
先発メーカーのレーザープロジェクターはビジネス機に特化していた。エプソンが出した答えは、“ホーム機のハイエンドモデル”だ。当時はどこもホーム機を出しておらず、リリースした時は「そうきたか!」と驚きをもって迎えられたという。想定したのは、大きな画面で落ち着いて上質な映像体験を楽しみたい“こだわり層”。明るさや画質の良さといったレーザーの特長はもちろん、最大のイノベーションだったのがランププロジェクターでは実現できなかった“パーフェクトブラック”だ。映画の場面切り替えなどで一瞬画面が暗転する時、従来のプロジェクターではどうしても真っ黒にはならない。
そこが、しっかりブラックアウトして新しいシーンにぱっと切り替わる。お客様の反応は上々だった。Eも実際にシアタールームでその効果を実感したという。「本当にお待たせしましたということではありましたが、遅れただけのことはあったなと感じました」。開発する時はどうしても数値が中心になるので、画質の良さといった数字にできない要素は意識の外へ押しやられがちだ。その価値が思っていたよりもずっと大きいということを、お客様の反応に教えられたという。今もEは、トレンドにうまくのるよりは、本当に必要としている人が「これを待っていた!」と感じてくれるような製品を作りたいという。
シンプルに考えて、やってみればいい。
新しいモノを作るプロジェクトと聞いてイメージするのは、『プロジェクトX』*のようなテレビ番組だろうか。しかしEは「むしろ、ダメ出しをいっぱい食らう『マネーの虎』*」と表現する。成功の裏には数限りないダメ出しがあり、そこからどうやっていくかというのは、終わりなき課題だ。「甘い話はなかなかない」というEだが、口ぐせは「やってみればいいじゃん」というきわめて楽天的なものだ。いくら考えてもわからないものはわからない。ならばやってみようというのは、経験から出てきたスタンスだという。一方、生産技術に移ったOは、また違ったことを感じている。座右の銘として「単純であることは究極の洗練である」というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を挙げた。どんな複雑な問題もシンプルにとらえることで解決の糸口が見つかることが多いと感じている。
職場の後輩から「エコカー認定取得のスポーツカーのエンジン」とたとえられるOと、「楽観的で前向き」と自らを分析するE。キャラクターは違うが、仕事には“熱”が不可欠だと考えているところは共通している。エプソンが初めてのレーザープロジェクターを世に送り出して、はや4年。ビジネス機のハイエンドモデルも無事完成させた。そして、レーザープロジェクターは、今後も急成長が見込まれ、エプソンの未来を支えていく製品となる。開発と生産技術と道は分かれたふたりだが、それぞれの場所から、持ち前の“熱”でレーザープロジェクターをさらなる上昇気流にのせていく。

*……『プロジェクトX~挑戦者たち~』は2000~2005年にNHK総合テレビで放送されたドキュメンタリー番組。『¥マネーの虎』は2001~2004年に日本テレビ系列で放送されたリアリティ番組