エプソンはなぜ、環境戦略に全力なのか-環境先進企業の使命

2023年12月に全世界の拠点(※)におけるすべての使用電力を、再生可能エネルギー(以下、再エネ)へ転換したセイコーエプソン株式会社(以下、エプソン)。古くは世界に先駆けてフロン撤廃を達成するなど、経営理念の中に「地球を友に」を据える気概は綿々と受け継がれています。しかし、環境保全の対応は時として事業成長とトレードオフにもなり得ます。ビジネスと環境をどのように両立しているのか、プリンティングソリューションズ事業本部を率いる山中副事業本部長と、地球環境戦略推進室の木村副室長に伺いました。

Pシステムソリューションズ事業部 事業部長/山中 剛(右)(2024年9月24日時点)
地球環境戦略推進室 副室長/木村 勝己(左)(2024年9月24日時点)

まずはお二人のご経歴と、ご担当領域についてお聞かせください。

木村: 私は、1990年にエプソンに新卒入社し、時計製造や半導体製造などの業務を経て、1999年より省エネ推進などの業務を担うようになりました。その後20年以上、環境業務に従事しています。
現在は、2023年4月に新設された地球環境戦略推進室で、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」で重点とされている「環境ビジョン2050」の実現に向けての取り組みを推進しています。

山中: 私は、前職では大型の産業機械の設計に従事し、1999年にエプソンに中途入社しました。商品企画や事業戦略などに携わった後、現在はエプソンの売上の約7割を担うプリンティングソリューションズ事業本部で副事業本部長を務めるとともに、BtoBの商業・産業用プリンターやデジタル印刷機、捺染機などの製品やソリューションの企画から製造までを担当するP商業・産業事業部長を兼任しています。

エプソンは2021年3月に宣言した「全世界の拠点(※)におけるすべての使用電力を再エネへ転換する」ことを、わずか2年10ヶ月で実現させました。ここまで環境戦略を徹底できるのはなぜでしょう。

木村: エプソンにとって、地球環境を考えるのは当たり前という会社風土があるからです。私は、当社を「田舎の大企業」であると捉えています。自然豊かな信州・長野で事業を行うグローバル企業として、先進的な環境戦略を立案し力強く推進していく、これは当然の取り組みであり、使命なのです。
エプソンが創業したのは信州・長野の諏訪湖のほとりで、創業者は「この美しい諏訪湖を汚してはならない」という地域共生の強い信念を持っていました。過去には、1993年に世界に先駆けてフロン全廃を達成するなど、いつの時代も環境保全への意識を高く持ち続けています。「環境ビジョン2050」においても「持続可能でこころ豊かな社会を実現する」と掲げているように、この価値観が現在に至るまで脈々と引き継がれています。
もちろん、この実現はさまざまなステークホルダーからの協力があってこそ。特に、時々刻々と変化する市場に対応しながらものづくりを進める、事業サイドの部門の理解が不可欠でした。特にプリンティングソリューションズ事業本部はエプソンの売上の約7割を占める事業ですので、大きな影響があったと思います。

山中: 当事業本部は、当時この取り組みをすんなり受け入れたと記憶しています。日本を代表するものづくり企業である以上、率先して環境課題に取り組むことは一つの責務ですしね。むしろ、木村さんをはじめ全社で旗振りしてくれている地球環境戦略推進室の皆さんを後押ししなければ、と思っていました。

木村: 私は元々事業部でエンジニアをしていたので、事業運営の足枷にならないようにと意識をしていたのですが、そう言ってもらえるとうれしいですね。
実は、エプソンが再エネへの転換を模索していた当初、世の中には再エネ化のスキームがほとんどなかったのです。そのなかでエプソンは意志を持って再エネ化を推進し、現在、エプソン本社やプリンティング事業の主要拠点である広丘事業所をはじめとする長野県の全ての拠点では、長野県公営水力を活用した信州産のCO2フリー電力「信州Greenでんき」を使用しています。こうした地産地消の再エネ活用を促進する動きが、県内を中心に広がりつつあると感じています。

環境に配慮した事業づくりは0→1の連続。だからこそ事業成長に直結する

環境への配慮は、ときに膨大なコストをもたらします。事業の障壁とはならないのでしょうか。

山中: これまでの考え方であれば、その通りだと思います。しかし昨今の地球環境を見れば、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄のものづくりでは、今後事業が成り立たないことは自明です。むしろ、環境配慮型の製品やソリューションを新たに開発していかなければ、今後の事業成長はあり得ません。
特に欧州では、地球環境保護を目的とした法規や認証制度のルール変更が頻繁に行われていますし、企業もエンドユーザーも「環境に配慮した製品を使いたい」という意識が高まっている実感があります。
さらに製品の研究開発へ目を向けると、環境配慮は開発のハードルを上げることになります。これによって当社の研究者や開発設計者のスキルは着実に向上しており、新たなアイディアが続々と生まれています。
地球環境に配慮した事業づくりというのは0→1の連続です。エプソンが持つ知見だけでは対応できないことも多く、他社との協業を進めることもまた必然で、オープンイノベーションの仕組みをつくりながら事業を共創しています。このように、環境に配慮した取り組みは事業成長に直結するものであり、事業の障壁にはなりません。

木村: 他方、われわれが新しい環境戦略に取り組み、新技術の開発に尽力することで、それを見聞きし、製品を活用されるお客様のもとでも、環境貢献の輪が広がっていくと思っています。するとさらに環境に配慮した製品ニーズが高まる、そんな好循環が生まれていくはずです。

今後の環境戦略の展望についても教えてください。

木村: エプソンでは、2050年までに「カーボンマイナス」と「地下資源*消費ゼロ」を目指しています。「カーボンニュートラル」とはよく言われることですが、「ニュートラル」より先をいく「マイナス」を目標としているのが特徴です。創業から今まで、そしてこれからも、時代の一歩二歩先をいく環境戦略を掲げています。
*:原油、金属などの枯渇性資源
そのためにも、環境ビジョンにある4つのテーマ「脱炭素」「資源循環」「お客様のもとでの環境負荷低減」「環境技術開発」を多面的に推進していく必要がありますね。なかでも「資源循環」が注力ポイントだと捉えています。有限である地下資源を使わずに、資源を循環させながらものづくりをする、そうした未来を業界に先駆けて実現することに強い使命感を抱いています。

全社の共通認識と仕組み化が、類を見ない環境戦略を実現へと導く

環境保全の意識は文化として根付いていることはわかりましたが、事業運営のためには仕組み化も不可欠です。社員一人一人の仕事にも落とし込まれているのでしょうか。

木村: まず、各事業の責任者が集う全社横断的な環境戦略定例会を開催しています。各責任者が事業戦略と環境戦略を両軸で推進します。すなわち、全事業部の役員が環境戦略を真剣に考えているのです。加えて、全社員向けの環境保全に関する教育も毎年実施しています。長野の豊かな自然に囲まれた土地で事業を営んでいるということもあり、社員一人一人の環境意識はもともと高いと感じますね。

山中: プリンティングソリューションズ事業本部では、各領域の上位概念として4つのロードマップを作成しています。具体的には、
1.商品ロードマップ(中長期の市場予測に対していつどんな商品を投入していくか)
2.リューションロードマップ(商品だけでなくソリューションを起点とした顧客課題解決の指針)
3.技術開発ロードマップ(商品、ソリューションロードマップで必要とされる技術開発の方向性)
4.環境ロードマップ(全社の環境方針に基づいた事業の取り組み指針)
です。
それぞれのロードマップと実態を照らし合わせ、各プロジェクトの進捗や達成度を追っているため、環境保全の方針が現場レベルまで仕組みとして落とし込まれています。
加えて、事業本部発信の環境保護施策も進んでいます。例えば、販売の現場から「欧州でこの商品を展開していくためには、数年後にこのような環境負荷低減を実現しなければならない」など具体的な声が上がっています。そういった環境に関する情報に常にアンテナを張り、事業に反映することを心掛けています。

木村: 環境保全対策はいずれやらなければならないことです。ならば、「いずれ」と言わずに、一丁目一番地に据えてエプソンが社会に先駆けて進んでいきたい、そんな気概が全社に浸透しています。

お客様にも「環境保全の価値」を伝え、社会全体の意識の底上げへ

そうした環境意識が具現化された製品として、使用済みの紙を水資源を使わずに再生できる「PaperLab」がありますね。

山中: はい。プリンターを生業としている企業なのに「使用済みの紙」に対して責任を持たなくていいのか、というシンプルな発想から始まったプロジェクトです。PaperLabへ使用済みの紙をシュレッダー感覚で挿入すると、全く新しい紙になって出てきます。通常、再生紙を作るには大量の水を使用するのに対し、PaperLabは「ドライファイバーテクノロジー」というエプソンの独自技術を用いることで、水をほとんど使用しないという面で画期的です。
※機内の湿度を保つために適度な水分が必要です。
2024年4月には従来のモデル(A-8000)をアップデートした改良版モデル(A-8100)を発売し、多くの企業や自治体で導入が進んでいます。さらに先日は、従来モデルからサイズとコストをおよそ半減するという大きな進化を果たしたプロトタイプ版も発表しました。

木村: 導入先の一つである北九州市では「KAMIKURU(カミクル)」というプロジェクトを実施しています。このプロジェクトでは、高校生が授業で使った使用済みのプリントをPaperLabで再生し、生徒たちの卒業証書を作成するという取り組みをしています。一般的な卒業証書よりも思い入れが深くなり、とても良い取り組みだと思っています。

山中: PaperLabを活用すると、その企業や自治体自身が環境に配慮していることをPRすることができます。ある企業では、会社見学に来た子どもたちへの記念品としてPaperLabで生産したメモ帳を渡すなど、活用シーンも広がっていますね。
このようにPaperLabの活用自体が事業に貢献するのはもちろん、そのなかで「環境貢献に参画することには価値がある」と感じていただけるきっかけにもなっているのです。今後はドライファイバーテクノロジーを応用し、紙だけでない素材の再生にもチャレンジしていきたいですね。

最後に、記事をご覧の方にメッセージをお願いします。

木村: エプソンには、自然豊かな信州で事業を営んでいるからこそできる環境への取り組みがあります。例えば、長野県ではゼロカーボン社会を目指す「くらしふと信州」というプロジェクトを進めており、エプソンも参画しています。県や自治体、そして世界中のステークホルダーと連携して環境課題、地域課題に取り組めることは、私にとって大きなやりがいです。こうした環境保全の先進企業としての活動に共感してくれる方とぜひ一緒に働きたいですね。

山中: 冒頭で「田舎の大企業」という話がありましたが、やはり信州の自然の中で暮らし、働くと地球環境への想いが膨らんでいく実感があります。例えば冬の諏訪湖では「御神渡り」という現象が起こります。氷点下10度前後が続く冬、夜の冷え込みで湖が全面結氷したところに昼間の気温上昇によって氷が膨張し、亀裂が入って一部がせり上がる現象を指すのですが、「まるで神様の通り道のように見える」ということでこの名が付けられました。昭和の時代は毎年のように発現していたものの、平成に入ったころからは温暖化の影響で激減。令和ではまだ一度も発生していません。こうした自然環境の変化を肌で感じている私たちにとって、自らの手で環境と地球を守りたい、仕事を通じて世の中をよくしていきたいという思いを抱くことは自然な流れだと認識しています。
エプソンの経営理念に「地球を友に」というキーワードがあります。この理念は、事業で判断に迷ったときの大きな指針になります。「事業の発展」と「環境の保全」は常に両輪として同時に実現していかなければならないことを、理念が示しているのです。
ただ世の中を便利にするだけではない、どうせチャレンジするなら世界の最先端を走りたい、そういった気概を持って働きたい方にご応募いただけたらうれしいです。

(※)一部、販売拠点などの電力量が特定できない賃借物件は除く

「出典:ビズリーチ 公募ページ「セイコーエプソン株式会社」(2024年9月24日公開)より転載」