インクジェットプリンター一本で勝負する理由

1942年の創業以来、ものづくり企業として時代を先取りする技術を生み出してきたセイコーエプソン株式会社(以下、エプソン)。オフィスプリンター市場でインクジェット技術によるテクノロジーシフトを起こそうとしている同社の取り組みについて、商品企画と開発設計を牽引するキーパーソンの2名にお話を伺いました。

オフィスプリンター市場に革命を起こすべく、インクジェットプリンターに一本化したエプソンの思いや開発の苦労について、プロジェクトの中心的メンバーを務めた2名が語ります。

いまだ巨大なオフィスプリンター市場でテクノロジーシフトを

Pオフィス・ホーム事業部 Pオフィス・ホーム企画設計部 部長/百瀬 康弘

はじめに、百瀬さんの経歴と担当されている業務から教えてください。

私は1993年入社で、最初はSIDMプリンターを担当し、そこからレーザープリンターに移って5、6年ほど担当しました。その後、当社がインクジェットプリンターに注力していくことになり、ここで「カラリオ(Colorio)」という家庭向けインクジェットプリンターの商品開発に携わりました。そこからオフィス向けのプリンターにもインクジェット技術を押し出していくことになり、このときに私も商品企画部門に異動して、本格的にビジネスインクジェットプリンターの商品開発に関わることになりました。

現在もそこで開発した高速ラインインクジェット複合機「LXシリーズ」やその後継機種の商品化、インクジェット技術による環境負荷低減の取り組みや顧客対応などに携わっています。

リモートワークの浸透などもあり、オフィスプリンターは市場として縮小しているのではという印象があります。そういったなかで、貴社がオフィス向けインクジェットプリンター事業に注力されているのはなぜですか。

私たちのコア技術であるインクジェットプリンターは、特に家庭用プリンターの普及によって、世界中の多くのお客様に価値を届けてきました。この技術を活用し、新たなお客様価値を届けるため、企業としてさらに成長するために、オフィスプリンター市場に進出しました。

オフィスプリンター市場は、依然として数兆円規模の大きなマーケットです。現状ではレーザープリンターが主流となっていますが、私たちが強みを持つインクジェットプリンターは、インク吐出に熱を使わないためレーザープリンターと比較して消費電力が少ないという環境面や、交換部品が少ないといった利便性の面で優れています。

私たちはこの大きなオフィス市場において、インクジェットプリンターに置き換えていくことで、世界の環境課題の解決に寄与できると確信しています。

働き方改革やDX推進などでオフィスでのプリンターの在り方が変わりゆく今、業界自体も再編に向けて動き出しています。自動車業界でガソリン車から電気自動車へのモデルチェンジが進んでいるように、私たちもプリンター業界でレーザーからインクジェットへのテクノロジーシフトを起こせると考えています。

インクジェットプリンターにかじを切った経営陣の覚悟

環境負荷低減への意識は国内より海外のほうが高いように感じますが、インクジェットプリンターを広めていくうえで課題に感じられていることはありますか。

確かに、国内ではまだ「プリンターとして使えれば、レーザーかインクジェットかはこだわらない」という方が多数派かもしれません。一方で海外、特に欧州では環境に対するリテラシーが非常に高く、使っている製品の環境負荷にも関心を持たれています。

そうした背景からグローバルでのインクジェットプリンターの売り上げは急成長しているのですが、まずは国内でインクジェット技術の環境価値 について認知を拡大し、持続可能な社会の実現へ貢献していくことが重要だと考えています。

2022年にエプソンは、2026年までに自社が販売するプリンターをレーザーからインクジェットに切り替えることを発表しました。技術的な優位性があるとはいえ、非常に勇気のいる決断だったと思いますが、この経営判断についてはどう思われましたか。

正直なところ、初めて聞いたときは驚きました。100ppm(1分間で100枚印刷)という印刷速度を誇る「LXシリーズ」を開発して、インクジェットプリンターでも当社従来の レーザープリンターに劣らない性能を実現できたことが、大きな判断材料になったのではないかと思います。

また私たちは「環境ビジョン2050」を掲げており、「2050年にカーボンマイナスと地下資源 消費ゼロ」を目指しているので、その達成のためにはやはりインクジェットでオフィスプリンター市場に革命を起こす必要がある。その覚悟を示した経営判断だと捉えています。

原油、金属などの枯渇性資源

苦労の末に完成した、革新的なビジネスインクジェットプリンター

Pオフィス・ホーム事業部 Pオフィス・ホーム企画設計部 課長/大橋 一順

大橋さんの経歴と担当されている業務について教えてください。

大橋:私は2003年入社で、レーザープリンターを開発する部署に配属されました。そこで設計を担当していたのですが、その後数年で 、インクジェットプリンターの設計部門に異動となりました。

それまではインクジェットといえば家庭向けプリンターだったのですが、ここで初めて「ビジネスインクジェット」という言葉が生まれ、その開発にスタートから携わることになりました。それ以降、5、6機種のビジネスインクジェットプリンターの商品化に携わり、本格的な複写機複合機である「LXシリーズ」を手がけました。 今は「LXシリーズ」の後継機種の開発、設計を担当しています。

入社当初はレーザープリンターの開発に携わったとのことですが、ビジネスインクジェットへの方針転換についてはどう受け止めましたか。

大橋:私はカラリオなどの商品を見て面白そうな会社だなと思い、エプソンへ入社したので、もともとインクジェットに関心を持っていました。そのため、前向きな気持ちでインクジェットプリンターの開発チームに携わっていましたが、オフィス向けの本格的な複写機複合機となると、必要とされる機能、特に印刷速度、信頼性、メンテナンスの考え方が大きく異なります。 当社がそれまで培ってきた技術やプロセス、作り方が全く通用しない世界だったので、当時は「本当にできるのだろうか」と感じましたね。

百瀬:ビジネスインクジェットプリンターの開発にあたっては、物理的な構造からゼロベースでプリンターを作り直すような作業だったので、開発チームの人たちからすると本当に大きなチャレンジだったと思います。

技術の組み合わせや挑戦の連続で実現した「高速・高精度」

ビジネスインクジェットプリンターの開発には大きな壁があったということですが、どのようにしてその技術的なハードルを乗り越えたのでしょうか。

大橋:印刷スピードを高速化するため、インクを吐出するプリントヘッドを動かして紙に印刷するシリアルヘッド方式から、プリントヘッドを用紙幅に固定して紙送りだけで印刷するラインヘッド方式への転換を求められました。ここで苦労したのが、プリントヘッドのメンテナンスです。100ppmという高速で動いている状態で、プリントヘッドのノズル部分のメンテナンスを同時に行う必要があるのですが、非常に高精度な制御が求められるため、特に難しかったです。

百瀬:100ppmの印刷速度を実現することの難しさを例えると、駅を通過する新幹線の窓にホームからピンポイントで飛び込むくらいの精度・速度でインクを吐出させる技術が必要です。
これを実現させた私たちの開発チームは本当にすごいなと思いました。

大橋:ほかにも、インクを打ち込んだ後の紙の処理に繊細な技術が必要だったり、印刷のパターンによっても条件が変わってきたり、乗り越えるべきハードルは山のようにありました。それまで培ってきた技術や常識が通用せず、非常に苦労しましたね。
課題を乗り越えるために、インクジェットプリンター開発チームが高速印刷と小型化の技術を、レーザープリンター開発チームが信頼性と堅牢性、メンテナンスに関する知見を互いに持ち寄り、総合力を発揮してやっと作り上げたのが、「LXシリーズ」だったと考えています。

百瀬:「本当に製品として世に出せるだろうか」と弱気になったことも何度もあったのですが、そのときの経営トップが「ビジネスインクジェットプリンターに失敗はありえない。製品として出すまでやり続ける」と発言して、非常に勇気づけられました。これはなんとしても製品を完成させようと、チームが一丸になったことを覚えています。

欧州での確かな手応えを弾みに、国内外を変革していく

そういった苦労を乗り越えて開発されたビジネスインクジェットプリンターですが、市場に展開するなかでの手応えはいかがでしょうか。

百瀬:「LXシリーズ」は、やはりその高速印刷に価値を感じていただけているように思います。例えば、学校の先生が授業で使うプリントを休み時間に素早く印刷したいというときでも、一クラスに必要な枚数をあっという間に刷り上げることができるようになりました。
また、当社従来の レーザープリンターと性能的な面では遜色なく、環境面ではインクジェットプリンターのほうが明らかにエコフレンドリーです。このあたりについては認知が高まってきたように感じます。
環境意識の高い欧州ではより受け入れられており、年数百パーセントというような伸び方で事業が拡大しています。この勢いでオフィスプリンターの世界を変えようと、次の製品開発に取り組んでいるところです。

大橋:私はまさにその「LXシリーズ」の後継機種の開発を進めています。苦労して実現した技術を使いこなし、印刷速度にはさらにこだわり 、使い勝手を改善し、お客様が期待する商品を 実現していきたいと考えています。ここまで「LXシリーズ」を使っていただいたお客様の声を生かし、そこで得たフィードバックも今後の商品開発に反映していきます。

前向きに創造と挑戦に取り組む仲間と共に

どのような方と一緒に働きたいですか。

大橋:一番はエネルギーのある方ですね。ビジネスインクジェットプリンターのように、製品開発には難しい局面やハードルがつきものです。そんなときに下を向くのではなく、上を向いて前向きに、粘り強く課題に取り組んでいける方を求めています。スキルや経験も大事ですが、そういうマインドを持った方であれば、共に学んで成長していくことができると思っています。

百瀬:オフィス複写機は長年、大手メーカーの寡占市場で、挑戦者すら現れなかった市場です。そのような市場に、インクジェット という破壊的技術をもってテクノロジーシフトに挑戦できることは、非常に幸せなことと思います。
また、当社は会社全体として、「創造と挑戦」という言葉を大切に何事にも前向きに取り組んでいく風土があります。お客様のもとに足を運び、そこで聞いたお困りごとを解決できる製品を一から考えて作っていく。そのように自ら動いて提案していける方ならどんどん挑戦できる企業カルチャーがあるので、チャレンジ精神が旺盛な方にぜひ来ていただきたいですね。やりがいと成長を感じられる会社だと思います。

出典:ビズリーチ 公募ページ「セイコーエプソン株式会社」(2024年11月21日公開)より転載